MARCEL PROUST: 失われた時を求めて (A LA RECHERCHE DU TEMPS PERDU)

フランスの作家プルーストの、自伝的要素を盛りこんだ作品で、名前も明記されていない語り手の物語る一人称小説。1913-27年刊。全体は7編より成る膨大なものである。作家志望の語り手が、自分の主題も見いだすことができぬままに、家庭や社交界、あるいはいくつかの恋愛などを通して、体験や見聞を積み重ねた後に、最終編において、無意志的記憶によってよみがえる自分の過去の〈時間〉こそが作品の素材であることを自覚する、というもの。第三共和制時代のパリのブルジョアの日常生活や、上流社交界、避暑地の生活、同性愛者の生態などが、作者のいう〈時間のなかの心理学〉によって克明かつ皮肉に描写されている。全体が鋭い方法意識に貫かれたこの小説は、作品自体が作品を擁護する批評になっており、ジョイスカフカの著作と並んで、20世紀小説の概念をまったく一新したものである。日本の現代小説に与えた影響も、きわめて大きい。

森はすでに黒く、空は未だに青し。
いかがです?これこそ今のような時間を巧みに要約してはいませんか? あなたはことによるとポール・デジャルダンを一度も読んだことがないかもしれない。ねえ君、ひとつ読んでごらんなさい。この男のものを。聞くところによると、今じゃ彼は説教坊主に変わったらしいけれど、でも長いあいだ彼は実に澄んだ水彩画家だったんですよ……。

ゲルマントの方への散歩のさいに、ぼくたちは一度もヴィヴォーヌ川の水源まで溯ってゆくことができなかった。ぼくはよく、その水源のことを思い浮かべたことがあったけれども、それはぼくにとって非常に抽象的で観念的な存在だったので、それが同じ県のなかの、コンブレーから若干距離のところにあると言われたときは、まるで古代には地球上にはっきり別な地点があって、<地獄> に通ずる入口が開かれていたと知ったときのように、ぼくはすっかり仰天してしまった。またぼくたちはただの一度も、ぼくがとても行きたかった散歩の目的地まで、つまりゲルマントまで、足をのばすことができなかった。(P189)