回想

3時間ほど暇ができたので昔好きだった映画を観ていました。寺山修二の映像実験ワールドも観直したいところです。関係ありませんが、id:takamackyさんが上半身裸で筋肉少女帯を熱唱しているのをみて、自分に何かして差し上げられることはないだろうかと本気で考えてしまいました。世の中には僕の知っちゃいけないことがたくさんあるのだなと思いました。またひとつ大人になりました。

子供は子供だったころ
腕をブラブラさせ
小川は川になれ
川は河になれ
水溜りは海になれと
思っていた


子供は子供だったころ
自分が子供とは知らず
すべてに魂があり
魂はひとつと
思った


子供は子供だったころ
なにも考えず
癖もなにもなく
あぐらをかいたり
とびはねたり
小さな頭に
大きなつむじ
カメラをむけても
知らぬ顔


子供は子供だったころ
いつも不思議だった
なぜ僕は僕で
あなたでない?
なぜ僕はここにいて
そこにいない?
時の始まりはいつ?
宇宙の果てはどこ?
この世の生は
ただの夢?


子供は子供だったころ
見るもの聞くものかぐものは
この世の前の夜の幻?
悪があるってほんと?
悪い人がいるってほんと?
いったいどんなだった――
僕が僕になる前は?
僕が僕でなくなった後――
僕はいったい 何になる?


子供は子供だったころ
ほうれん草や 豆や
ライスが苦手だった
カリフラワーも
今は平気で食べる
どんどん食べる


子供は子供だったころ
1度よその家で目覚めた
今はいつもだ


昔はたくさんの人が
美しく見えた
今はそう見えたら僥倖


昔ははっきりと
天国が見えた
今はぼんやり予感するだけ
昔は虚無など考えなかった
今は虚無におびえる


子供は子供だったころ
遊びに熱中した
あの熱中は
自分の仕事に
追われる時だけ


子供は子供だったころ
いつも不思議だった
なぜ私は私で
あなたでない?
なぜ私はここにいて
そこにいない?
時の始まりはいつ?
宇宙の果てはどこ?
この世の生は
ただの夢?


子供は子供だったころ
リンゴとパンを食べてればよかった
今だってそうだ


子供は子供だったころ
ブルーベリーがいっぱい降ってきた
今だってそう


子供は子供だったころ
クルミを食べて舌を荒らした
今も同じ


山に登る度に
もっと高い山にあこがれ
街に行く度に
もっと大きな街にあこがれた
今だってそうだ
木に登りサクランボを摘んで
得意になったのも 今も同じ


やたらと人見知りした
今も人見知り
初雪が待ちどおしかった
今もそう


子供は子供だったころ
木をめがけて やり投げをした
ささったやりは
今も揺れている

ヴィム・ヴェンダース監督『ベルリン天使の詩』より

意識的禁止が必要な唯一の理由は、意識的な意図と無意識の衝動の求めるものが違う点にある。無意識的な衝動を禁じる行為には、意識と無意識の好みに違いがあるという事実が表れている。この意識の禁止権を発動させずにすまそうと、人はアルコールや、精神安定剤や、その他もろもろの薬物を際限なく自らに注ぎ込む。

トール・ノーレットランダーシュ著『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』より