レオノール・フィニ『夢先案内猫』

夢先案内猫

夢先案内猫

散文書評 ―幻覚・夢の見地から―

猫には三日月がよく似合う。いずれの傍にも夢そのものが結晶化している。燈火という武器によって闇を制圧したかのように錯覚している人間たち。しかし、実のところ闇は、夜のうちには無論のこと、夏の午後のさなかにさえ、そこかしこに息づいている。フロイトユングの伝を待つまでもなく、意識の背後にだって、闇の潮流は流れ続けているものだ。昼と夜の境界上に出没する三日月と猫は、そんな闇の消息=夢を人間に伝えてくれる。

猫の絵師レオノール・フィニによる幻想譚。昼の世界の住人である「私」が、ホテルの一室で「夢の指導者」を自称する猫と出逢うところからはじまる。猫は狂言まわしとなり、メディアとなり、恋人となり、そして謎を投げかけるスフィンクスとなって、「私」を案内する。マンディアルグの『大理石』が男性原理をくぐり抜けた幻想のパノラマ旅行であるのに対して、『夢先案内猫』は、あくまでも女性原理に彩られた闇の胎内巡りである。途中、猫が姿を消すことで引き起こされる「私」の混乱は、そのまま闇を喪失した昼の帝国の混乱を暗示する。

レオノール・フィニ (Leonoir Fini) は、1908年、南米ブエノス・アイレス生まれ。10代後半よりパリに出て、ポール・エリュアールマックス・エルンストジョルジュ・バタイユらと親交を結ぶが、シュルレアリスム運動には不参加。彼女の創作活動は、小説よりもむしろ美術分野で知られ、バレー、オペラ、映画などの衣裳・装置デザイン、イラストレーション、宝石デザイン等と幅広い。最近はコルシカ島の廃墟で数十匠の“夢先案内猫”に囲まれて生活している。
米澤敬